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j
2025-04-03 03:02:04
5283文字
Public
楓応
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百冶の糖蜜漬け
・応星が仕様も無い嘘吐く話
・応星に甘すぎる丹楓
・モブが少々出張ります
余計な真似をした。
応星は風通しの良い天蓋に覆われた天井を眺めながら本を閉じて溜息を吐くと、部屋の入り口に立つ家人へ視線をやる。
「閑所へ行かれますか?」
「いーや
……
、新しい本が欲しいかな」
「もうですか
……
」
応星の周囲には、丹薬、医学、人間の身体に関する書籍が所狭しと重ねられている。朝からする事も無く、寝台の上で本ばかりを読んでいるのだが、彼のあまりの速読に本の提供が今一追いついていない。
用を足しに行く意外には移動が許されず、軟禁された状態で暇に飽かして只管に本に目を通すばかりの時間。新しい知識を得る事がつまらないとまではいかないが、己に有用かと考えれば大半は無用の長物と言える知識になるだろう。
「では、歴代龍尊様の珠守を務めた者が書いた記録書でも」
この屋敷で、一番長く、量の多い書籍なのか家人は誇らしげに紙が詰まっているであろう箱を持ち上げていた。
「それはそれで面白そうだが、奇物や鍛造関係の物は
……
、ないか。それでいいよ
……
」
朗らかな持明族の家人は、微笑みながら一体何代分かも数えられない量の記録書を抱え、天蓋を避けながら取り出した記録書を寝台に置くと、代わりに応星が読み終えた書籍を回収していく。
「人の胎と古海の違いはございますが、羊水は海の水とほぼ変わらないそうですし、珠守の記録は参考になりましょう」
「なるかねぇ
……
」
「なりますとも。そして、応星様が良く食べ、良く寝て、心穏やかに過ごせば和仔様も健やかにお育ちになります」
横になったまま眼球を忙しなく動かし、記録書の頁を次々と開きながら、おざなりな返事をする応星へ、気分を害した風も無く家人は微笑む。
「あのさ、持明族って龍尊の命令だったら何でも疑いなく信じるのか?」
「これは異な事を。あのお方が一族の者を騙すような真似をなさるはずがございません。信じる信じないもないのですよ」
それは盲信というのでは無かろうか。
或いは悪乗り。噛み合っているような、ないような会話に疲れて応星は考えるのも面倒になり、黙って記録好きな種族の書物を紐解いていく。
応星は持明族では無く、珠守になる予定も無いが、読んでみれば興味深くはあった。
不朽の祝福を受け、同じ個体が永遠に転生を繰り返す特殊な生体を持つ持明族にとって、卵を護る珠守の仕事は種の保存のためにも大事な役割である。殊、龍尊の卵ともなれば丁重に扱われ、どれほど細やかな事象であっても毎日の出来事が詳細に記録されている。
龍尊の卵は、万が一があってはならない唯一無二の卵なのだ。失敗は決して赦されない。その緊張感は記録書を読むだけでも伝わってくるようだった。
古海。
持明族の故郷そのものであり、生まれ還る場所。
応星は実物を知らないため、どんな場所なのか想像もつかないが、それはそれは美しい場所なのだと丹楓から聞いた事はある。真珠質の鱗に包まれ、色鮮やかな珊瑚に安置された持明の卵はそれ自体が輝かんばかに美しく目を引くのだと。
一度は見てみたいものだが、それこそ龍師や近侍の持明族が不敬だ。越権行為だ。短命種の分際で。等々、煩くなるだろうと想像に難くない。
応星が一冊読み終え、本を閉じた所で見計らったように家人が一歩近づく。
「もうそろそろ昼餉のお時間ですね。少々席を外しますが、お部屋から出られませんよう、安静になさってて下さいませ」
家人が頭を下げ、退出すると応星は寝台の上で大の字になって大きく息を吐いた。己の自業自得である。仙舟で話題になっていた『嘘を吐いても良い日』を鵜呑みにした大馬鹿者は己で在る為、誰も責められない。
「う゛ー、あんな事言わなきゃ良かったぁー!」
足をばたつかせ、身悶えながら咆えた所で室内に虚しく響くだけ。
酔った勢い、思いつき、丹楓の反応が見たかった。あらゆる理由はあれど、しでかしたのは何度考えても己。自覚はしている。
ほんの昨夜。
酒席で戯け『俺、仔が出来たかも知れん』などと宣った応星が原因なのだ。
丹楓は無表情ながらも、しげしげと発言者を眺め、
「ならば、酒は止しておけ」
そう言って酒器を奪い、応星を横抱きにして寝所まで運んだ。
今し方まで酒を呑み、他愛ない話をしながら時間の共有をしてた筈が、何故寝所に直行なのか。応星の想像では『戯れ言を』『おのこが懐妊など有り得ぬ』そんな呆れの言葉を返され『だよな』そうやって笑うつもりだったのだ。
それを神妙に受け取られてしまっては、訂正する機会すら失い、応星は困惑しきりであった。
どんな言い訳をするか。
謝罪をするか。
運ばれながら応星は懸命に考える。
恐らく、逆鱗に触れてしまったのだ。
同じ個体が転生し続ける事で種を保っている持明族の死は永遠の損失。とまで評されている彼等にとって種の繁栄、仔を成し、数を増やす事が悲願であり宿願。代々の龍尊が研究し続けている課題でもあるのだ。
それを浅はかな思いつきで揶揄られたとなれば、如何に応星に甘い丹楓と言えど、業腹となっていても可笑しくはない。
「応星」
「はいっ
……
」
寝台に優しく横たえながら、丹楓が応星を呼ぶ。
この優しさは嵐の前の静けさか、今からしつこく嬲られるのか応星が震えていれば、
「そのままでは寝づらかろう。口を濯ぐ物と着替えを用意する故、暫し待て」
彼は、応星の頬を撫でて寝所から出て行った。
寝台の上で歯を磨き、着替えさせられていた応星は、何故、怒られないのか逆に恐ろしくて緊張しきり、されるがままであった。
「其方は余の宝珠だ。宝珠がややを孕んだとするならば、至上の喜びとなろう。何を怒る事がある」
怒っているのか訊いてみてもこの調子で怒り片鱗は見えず、しっかりと寝かしつけられた上に、今朝もしっかり世話をされた。昨夜同様、朝餉を手ずから与えてきた丹楓には優しさしか無く、罪悪感まで募ってくる始末である。
「応星様、昼餉をお持ちいたしました」
「あ、はい
……
」
だらしなく広げていた体を縮め、応星が慌てて上体を起こすと家人から手で制される。
「あぁ、お動きにならずとも結構です。わたくしが片付けます」
食事の載った盆を脇棚に置き、家人はてきぱきと広げられた本を寝台の隅の避けて卓を添付け、どうぞ。と、昼食の乗った盆を置く。
寝台の上でも食べ易いように考えたのか麺と野菜、薄切りの肉を一皿に纏め、酢醤油で味付けされた物だった。
口に入れれば程良い酸味が食欲を刺激し、滑らかな麺が喉を滑っていく。野菜はしゃくしゃくと口当たりが良く爽やかで、肉は歯切れ良くもしっかりと味が染みた焼豚。瞬く間に食べきってしまい、余韻に浸りながら応星は白湯を含んで満足の溜息を吐く。
「お口に合いましたようで」
穏やかに指摘されれば、がっついてしまった己が恥ずかしくなり、『ごちそうさまでした』そう言って視線を逸らす。
「いえいえ、貴方様には滋養を付けて貰わねばなりませぬ故」
「あの、それ
……
」
「なにか?」
真っ直ぐに見詰めてくる家人の目が罪悪感故に直視が出来ず、応星には珍しく口籠もる。相手に明らかな悪意があれば幾らでも言い返せるのだが、こうも良くして貰っている状態で口を開くのは残念ながら慣れていない。
「おかわりは如何でしょう?」
「いいのか?」
「無論。今、お持ちしますね」
優しく微笑んでくる相手。腹が見えない。
商人相手の交渉も腹が見えずに難儀する事が間々あるも、強気にこちらとの取引が身のためになると理解させれば、利を取るのが商人。だが、この持明族は心底、龍尊を信奉しているのか、善意以外見えてこない上に、仕様も無い嘘に巻き込んだ罪悪感を抱えているため遣り辛い。
「さ、どうぞ。多かったら残されても結構です」
家人は直ぐに戻ってくると、そわそわしている応星に麺の入った皿を差し出す。今度は肉に加えて海老まで入っていて更に彩り豊かで美味しそうに見えた。
食欲に負けて二皿目もすっかり平らげた応星は気恥ずかしげに皿を返し、
「ごちそうさまでした
……
。もういいです」
矢張り、目を合わせないようにしながら礼を言う。
日頃の不摂生からか、今朝の胃に優しい朝食のお陰か、随分と食欲がある。食べだしたら出されただけ食べてしまいそうな自分を制して応星は読書に戻るも、少し眠気を感じだした瞬間、記憶が飛び、起きたら既に外は暗くなっていた。
余程熟睡していたのか、周囲の本が片付けられ、座っていた体制も整えられて布団までかけられていた。
気力はあっても、肉体は相当に疲れていたのか体が随分とすっきりしている。
今日は丹楓によって強制的に休みを取らされたのだが、納品を終えた機嫌の良さでの飲酒後、二日酔いとなり、疲労を抱えたま工房に行っても仕事にならず、具合の悪さを抱えて横になっていただろう。
なれば、無駄な時間に苛ついて、また具合が悪くなる悪循環を起こして、最悪、伏せる羽目になっていたかも知れない事を考えると、丹楓の采配には逆に感謝するべきような気さえしてくる。
「あ、お目覚めですか?」
「ひぇっ⁉」
「あぁ、驚かせてしまい申し訳ございません。明るいと睡眠の邪魔になるかと
……
」
暗闇からかけられた声に応星が驚くと、小さく燐寸を擦る音がして、脇棚の傍に在った小さな行灯に火が点けられた。
「暗くても見えるのか?」
「持明族は夜目が利くのですよ」
赤い色に照らされた顔は、暗がり故にやや不気味に映るが昼間と変わりなく朗らかなものだ。
「龍尊様が応星様とお食事をしたいと待っておられますが、お体の具合はいかがでしょうか?」
「え、い、行く
……
!」
眠りこけて屋敷の主人を待たせる客がどこにいるのか。ここに居るが。
応星はしずしずと歩く家人に焦れながら応接間まで歩き、腕を組んだ状態で目を閉じて待っていた丹楓の姿が心をちくちく刺激した。
「では、お食事をお持ちします」
「うむ」
丹楓が鷹揚に頷くと、食事が次々と運び込まれて目の前に広がっていく。日々、仕事がてら片手で済ませられるような食事ばかりを食べる応星からすれば、きちんとした料理が大量に並べられる様に口をぽかんと開いて眺めるばかり。
「多過ぎじゃないか?」
「そうか?好きな物を食せば良かろう」
満漢全席と言っても差し支えなさそうな量の料理が並べられ、最早どこから手を付ければいいのか解らなくなってしまった応星が縮こまっていれば、丹楓は慣れているのか手近な物を皿に移して食べだした。
「食してやるが良い。其方に食べさせるため腕を振るっておったのだ」
「解った
……
」
全て食べ尽くす事は到底不可能だが、出来るだけ食べようと箸を握り、目の前に在る小籠包を皿に救い、昼餉の比ではなく食べ進める。
「ふむ、随分と顔色が良くなったな」
応星がせっせと食べ進めていると、丹楓が満足げに口角を上げ、酒を口に含んだ。
「そうか?」
「うむ、昨夜は血色も悪い上に目も良く開いておらず、ぼんやりとしておる時間も長かった」
「そんなに?いや、うん、そうかも
……
」
丹楓を尋ねる前に徹夜をしており、仕事をやり遂げた後の達成感から眠気が吹き飛んでいただけで体はとっくに限界だったのだろう。
「そうだなぁ、迷惑かけてごめんな」
気不味さ故に応星が俯き、ぼそぼそと謝罪を口にすれば、丹楓が幾許か眉根を寄せ、酒器を置いて息を吐く。
「迷惑とも思わぬが、虚言をする程疲れておるのかと思うてな」
誰が見ても明らかに疲労が蓄積していた応星が、普段なら決して言わないような虚言を吐いたのだ。これは余程の極限状態に違いない。そう判断した丹楓は、話を合わせつつ応星を労り、強制的に休ませるよう取り計らった。
要は一族の悲願を揶揄られた不快や怒りよりも、応星への愛着と心配が勝った訳であるが、それを聞かされた応星は全身を蜂蜜に漬けられたような心地となり、照れの余り両手を顔で覆い、違う。冗談で。嘘吐いても良いって。等をぼそぼそ申告しているが丹楓の耳には届いていない。
「本当に出来てたらいいんですけどねぇ。可愛いですよきっと」
「それはそうだな」
家人が暢気に零すと、丹楓が肯定するものだから応星は更に居たたまれなくなり、食事どころではなくなってしまう。
「応星、もう食べられぬか?気分が優れぬのであれば薬を処方するが
……
」
「いい、今日は帰る
……
」
「応星様は痩せ過ぎですから、もっと食べていただきたいのですがねぇ
……
、余った料理を少しばかりお包みしましょうか?」
「おねがいします」
応星は顔を上げないまま、家人の心配りをありがたく受け取り、丹楓からは安眠、疲労回復に作用する丹薬を処方して貰い、帰宅するが寝台の中でいつまでも己に甘すぎる丹楓を思い浮かべては煩悶し、『二度と仕様も無い嘘は吐くまい』と、決意するのだった。
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